シルクスイート🍠でクラフトビール🍺
熊本県 阿蘇 小国町のクラフトビール醸造所vattenbrewingさんが、うちのシルクスイートを使ってビールを作ってくれました!2026年4月22日発売
https://www.instagram.com/p/DXYOic9Abj1/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==
この日に向けて打ち合わせをする中で、パッケージに生産者の思いをいっぱい詰め込んでデザインしようということになり、書き綴ったながーい文章ができました。
パッケージデザインの中に英文で書き込まれていますが、興味を持っていただいた方に全文を読んでいただこうと、数年ぶりのブログ更新です(笑)
熊本県阿蘇郡小国町・下巣畑。
標高600メートルに位置するこの土地で、私たちは大根と、このビールの原料となったシルクスイートを育てている。
昼夜の寒暖差が大きく、秋には吐く息が白くなるほど冷え込む。
その厳しさこそが、シルクスイートの甘さをつくる。
切り口からにじむ蜜、焼けばスプーンですくえるほどの滑らかさ。
その食感はまるで絹のようで、口に入れた瞬間に広がる甘みは、
だが、その芸術は決して“恵まれた環境”から生まれるわけではない。
むしろ、自然の厳しさと向き合い続けた先にしか生まれない。
近頃の気候は、昔とはまるで違う。
梅雨が短くなったと思えば、突然の豪雨。
真夏の気温は年々上がり、土が割れるほど乾く日もある。
台風は大型化し、進路も読めない。
自然は気まぐれではなく、もはや“暴れる存在”になりつつある。
農家はその変化を、肌で、骨で、毎日の作業で感じている。
シルクスイートは、種苗会社が高度な技術と長年の努力を重ねて生み出した素晴らしい品種だ。
その味を正しく再現するために、私たちは“種芋”にも妥協しない。
必ずウイルスフリー苗を購入し、その苗から育てた芋だけを翌年の種芋に使う。
シルクスイートという名前を決して汚さないための、最低限にして最大のこだわりだ。
春、種芋を土に伏せると、やがて緑の若い芽が顔を出し、日ごとに伸びていく。
伸びた苗を一本一本はさみで切り取り、畑に植える。
また苗が伸びるのを待ち、伸びたら切って植える。
それを繰り返し、繰り返し、畑全面に植え付けていく。
この単純に見える作業の積み重ねが、その年の品質を決める。
苗づくりの期間は、気が抜けない日々が続く。
ビニールハウスの温度と湿度は、苗の出来を左右する最も重要な要素だ。
日が照ってハウス内が熱くなりすぎれば、すぐにビニールを開けて温度を逃がす。
夕方には、夜間の冷え込みから苗を守るために、忘れずにビニールを閉める。
昼間でも、雲がかかって急に温度が下がりそうなら、すぐに閉めて保温する。
天気の移り変わりを読みながら、開ける、閉める、また開ける。
その判断の一つひとつが、苗の強さと品質を決める。
苗は正直で、管理のわずかな差に敏感に反応する。
だからこそ、毎日、何度もハウスの中と外を往復することになる。
苗の採取は、長さ、太さ、節の間隔を見極めながらの完全な手作業だ。
数万本の苗を、一本一本はさみで切りそろえる。
その苗を畑に植えるのは、活着が良いように雨前を狙って総出で行う。
天気予報とにらめっこしながら、今日か、明日か、今か、と判断を迫られる。
植えた苗が数日後、ピンと立ち上がっているのを確認すると、胸の奥がふっと軽くなる。
すべての畑に植え付けが終わるころには、もう夏の気配が漂い始めている。
汗が背中を流れ、土の匂いが濃くなる季節。
ここから先の管理が、さらに厳しく、さらに長い。
苗を植えてから蔓が畝いっぱいに広がるまでの間、畝間の除草は最も重要な仕事になる。
蔓が伸びてしまえば草を抑え込めるが、それまでの畝間に草が生えれば、芋はあっという間に草に負けてしまう。
だから、除草剤を使って畝間の雑草を丁寧に枯らしていく。
重いタンクを背負い、畝間を行ったり来たりしながら、苗にかからないよう慎重に散布する。
一本の苗を傷めれば、その場所の収量は確実に落ちる。
近年は高温多湿で草の伸びが異常に早く、散布の頻度も増えている。
除草剤は悪いものだと批判されることもあるが、広い畑を管理するうえで欠かせない道具だ。
害虫の駆除も重要な仕事だ。
見回りを欠かさず、早めに見つけて対策しなければ、あっという間に増えてしまう。
タイミングを逃せば、一日、二日で芋の葉がレース状にかじられ、軸だけ残るほど食べ尽くされることさえある。
そうなれば芋の生育に大きく影響し、その年の収量は確実に落ちる。
だから、毎日の見回りと早めの対策が欠かせない。
「農薬は危険だ」「自然に悪い」と批判されることもある。
けれど、農薬の開発には研究と技術が注がれており、環境に影響が出ないように改良されている。
私たちは濃度、時期、散布量など、定められた使用方法を守り、
安全に作物を育てるために、品質を守るために、
必要だから使っている。
中山間地域では、野生動物との距離が年々近くなっている。
アナグマは昼間でも側溝を通って堂々と集落内を行き来し、
畑の周りには電気牧柵や防獣ネットを張り巡らせているが、
彼らはその“隙”を狙って入り込んでくる。
アナグマなどの小動物が掘った小さな穴が突破口になり、
そこからイノシシが勢いよく電気柵を押し破って侵入することもある。
一度畑の中に入られてしまえば、畝に沿ってズラーッと掘り進み、
芋を食い荒らしていく。
被害は夜だけではない。
昼夜を問わず、気づいたときにはもう遅いこともある。
シカは畦畔を器用に使い、軽々と電気柵やネットを飛び越えて侵入する。
蔓を引き上げては少しずつかじり、また次の株へ移る。
その足跡が畑中に点々と残り、被害の範囲を物語る。
いち早く気づいて電気柵やネットを張り直し、補強しておかなければ、
続けて何度でも入られてしまう。
野生動物の被害は、食べられることだけでは終わらない。
踏み荒らされた畑は全体的に生育が悪くなり、芋の質が落ちてしまう。
ビニールマルチを剥いで収穫するのだが、
踏まれた部分のマルチは破れたり、土にめり込んでいたりして、
本来なら機械でスルスルと剥げるところが、
手作業で何十分もかけて剥がさなければならなくなる。
被害が大きいほど、収穫の効率は極端に落ちる。
野生動物との戦いは、ただの“被害”ではない。
畑の管理、収穫の効率、品質、そして農家の心まで削っていく。
それでも、畑を守るために、私たちは毎日見回り、補強し、
草を刈り、電気柵を張り直し続けている。
野生動物との知恵比べ、新たな策を講じて、畑に侵入させない闘いの毎日である。
野生動物の被害は、ただ畑を荒らすだけではない。
その背景には、人と自然の境界線が少しずつ崩れている現実がある。
本来、畑の周りを人が手入れしていれば、野生動物は警戒して近づきにくい。
草が短く刈られ、見通しが良く、電気柵やネットがしっかり張られている場所は、
彼らにとって“危険な場所”になる。
そうやって、人と野生動物の住みわけは保たれてきた。
しかし今、その住みわけが崩れつつある。
農業者の高齢化、継承者の減少。
畑の周囲や山の縁の手入れが追いつかなくなり、
耕作放棄地が増え、草木が伸び放題になっている。
草木の伸びの激しさは、高温多湿化した気候が拍車をかけているようだ。
人の気配が薄れた土地は、野生動物にとって“安全な通り道”になる。
その結果、彼らは畑だけでなく、集落や街にまで姿を見せるようになった。
これは、農家だけの問題ではない。
都会への人口集中、田舎の過疎化。
その流れの中で、人と野生動物の境界線が曖昧になり、
本来山にいるはずの動物たちが、人の生活圏にまで出てきてしまっている。
近年、街に出没するクマのニュースが人々を震撼させているが、あれも同じ構造の問題かもしれない。
畑を守ることは、ただ作物を守るだけではない。
地域の安全を守り、人と自然の距離を適切に保つための、
大切な役割でもある。
中山間地域での農業には、作物を育てる以上の役割がある。
それは、山と人の暮らしの境界を守り、地域全体の安全を支えるという役割だ。
畑が耕され、草が刈られ、山の縁が手入れされている土地は、
雨が降っても水がゆっくりと染み込み、土砂が流れにくい。
人の手が入った土地は、山の呼吸を整え、川の流れを穏やかにする。
これは昔から続いてきた“治山治水”の知恵であり、
中山間地で農業を続けることそのものが、地域の防災につながっている。
しかし、農業者の高齢化や担い手不足で、
畑や山の縁の手入れが追いつかなくなっている。
耕作放棄地が増え、草木が伸び放題になれば、
大雨のたびに土砂が流れ、側溝が詰まり、川が濁る。
山と人の暮らしの境界線が弱くなれば、
野生動物が集落や街にまで出てくるようになる。
中山間地で農業を続けることは、
ただ作物を作るためだけではない。
地域の安全を守り、山と人の距離を適切に保ち、
次の世代に安心して暮らせる土地を残すための営みでもある。
利益だけを見れば、平地の大規模農業には到底かなわない。
それでも私たちがこの土地で農業を続けるのは、
この地域を守るために必要な仕事だと知っているからだ。
中山間地の農業には、数字には表れない価値がある。
その価値を、どうか知ってほしい。
長い季節をかけて畑を守り抜き、ようやく収穫の日を迎える。
土の中から姿を現した芋が、ずっしりと重く、形よく育っているのを見た瞬間、
胸の奥にふっと温かいものが広がる。
あの暑さも、あの草刈りも、あの見回りも、
全部この一瞬のためにあったのだと思える。
収穫した芋を手に取ると、
「今年もここまで来られた」という安堵が静かに湧いてくる。
自然相手の仕事は、最後の最後まで気が抜けない。
だからこそ、無事に収穫できたときの喜びは、言葉にできないほど大きい。
そして何より、
「おいしかったよ」
「また買いたい」
そんなお客様の一言が、すべての苦労を報ってくれる。
畑で汗を流した日々が、その言葉で一気に光を帯びる。
その声があるから、また来年も畑に立とうと思える。
中山間地で農業を続けることは、決して楽ではない。
山と人の暮らしの境界を守り、
地域の安全を支え、
次の世代に土地を残すという役割を担いながら、
それでもなお、この土地で作る芋には、
ここでしか生まれない価値がある。
どうか、このビールを味わうひとときの中に、
その価値のかけらが、ほんの少しでも届けばうれしい。
あなたのこの一杯が、明日の力になりますように。











